最高裁判所大法廷 昭和39年(ク)114号 決定 1966年3月02日
抗告人
森本重治
右代理人
芦田礼一
相手方
森本量徳
右代理人
沢井保
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
家事審判法九条一項乙類一〇号に規定する遺産の分割に関する処分の審判は、民法九〇七条二、三項を承けて、各共同相続人の請求により、家庭裁判所が民法九〇六条に則り、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮して、当事者の意思に拘束されることなく、後見的立場から合目的的に裁量権を行使して具体的に分割を形成決定し、その結果必要な金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を付随的に命じ、あるいは、一定期間遺産の全部または一部の分割を禁止する等の処分をなす裁判であつて、その性質は本質的に非訟事件であるから、公開法廷における対審および判決によつてする必要なく、したがつて、右審判は憲法三二条、八二条に違反するものではない(最高裁昭和三六年(ク)第四一九号同四〇年六月三〇日大法廷決定、民集一九巻四号一〇八九頁、同昭和三七年(ク)第二四三号同四〇年六月三〇日大法廷決定、民集一九巻四号一一一四頁参照)。
ところで、右遺産分割の請求、したがつて、これに関する審判は、相続権、相続財産等の存在を前提としてなされるものであり、それらはいずれも実体法上の権利関係であるから、その存否を終局的に確定するには、訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。しかし、それであるからといつて、家庭裁判所は、かかる前提たる法律関係につき当事者間に争があるときは、常に民事訴訟による判決の確定をまつてはじめて遺産分割の審判をなすべきものであるというのではなく、審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。けだし、審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく、そして、その結果、判決によつて右前提たる権利の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解されるからである。このように、右前提事項の存否を審判手続によつて決定しても、そのことは民事訴訟による通常の裁判を受ける途を閉すことを意味しないから、憲法三二条、八二条に違反するものではない。
以上のとおりであるから、本件において、前記憲法各条の違反をいう論旨は理由なく、また、論旨は、憲法一三条、二四条違反をもいうが、その実質は違憲に名をかりて原決定の単なる法令違反を主張するにすぎないものと認められるから、採用できない。
よつて、民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。
この裁判は、裁判官山田作之助の意見があるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。
裁判官山田作之助の意見は、次のとおりである。
わたくしは、家事審判法九条一項乙類一〇号に規定する遺産分割に関する処分の審判が憲法三二条、八二条に違反しないとする結論については多数意見と同じであるが、その理由は、多数意見のように、右審判の本質が非訟事件であるからというのではなく、遺産分割の性質が家族団体の内部における構成員間の権利義務に関する争であるところに求めらるべきものと考える。
この見解については、多数意見が援用する昭和四〇年六月三〇日の当大法廷の二決定中で既に述べたわたくしの意見とその理論的根拠を共通にするので、ここでは詳論を避ける。
なお、多数意見によれば、遺産分割の審判の前提事項である相続権ないし相続財産等の存否に関して審判中で決定がなされた場合でも、後に通常の民事訴訟を提起することを妨げないというが、わたくしの見解によれば、かかる前提事項が家族団体内部の構成員であることにもとづく争である限りは、更に通常訴訟を以て争い得るということは到底賛同し難い。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎)